「夕凪の街 桜の国」

 こうの史代の漫画が原作の「夕凪の街 桜の国」(2007年)。62年前、広島に投下された原爆で被爆した女性と、その姪に当たり、現代で自分のルーツを見詰め直す女性にスポットを当てた2つの物語から成る。佐々部清監督は原作の設定に若干の変更を加えているが、親子や兄弟、男女の愛を描く今作品は、原作と変わらぬ風合いを保ち、被爆の実相が過不足なく盛り込まれている。まさに、優れた原作による優れた作品と言えるだろう。
 「夕凪の街」。被爆から13年が過ぎ、「誰かに死ねばいいと思われた」ことに苛まれ、生き残ったことへの罪悪感を感じる皆実(麻生久美子)。「うちは、この世におってもええんじゃろうか?」と思い詰める彼女を、思いを寄せ合う打腰(吉沢悠)の「生きとってくれて、ありがとうな」という言葉が優しく包み込む。
 そして半世紀後が舞台の「桜の国」。皆実の弟旭(堺正章)の娘七波(田中麗奈)は、近ごろ挙動不審な父の後を付け、幼なじみの東子(中越典子)と広島へ。七波は被爆2世としてのルーツに向き合う中で、素直なまなざしを家族や自分に向け、現実を踏まえて強く生きることを心に誓う。
 麻生久美子の演技は、透明感とはかなさが漂う。美しく、情緒的でもあり、作品中の皆実の存在感は群を抜く。原爆投下を「しょうがない」と発言し、辞任した閣僚がいたが、皆実の姿や言葉は、原爆投下が「しょうがない」ものではない、非人道的な行為であることを、観る側に確かに伝えている。
 男っぽい性格で、母と祖母を亡くした心の傷が癒えない七波になり切った、田中麗奈の好演も印象深い。「忘れないで」という被爆者の願いと、被爆2世である自分の運命を受け止め、未来を生きようとする七波。被爆体験の継承という次世代の使命を浮き彫りにする、今日的な意義が大きい役どころと言えるだろう。(了)