「ダンサー」

 東京・北千住の「東京芸術センター」で世界各国の名画を上映していると聞き、平日夜の最終回に足を運んでみた。大画面に音響も良い空間の中、計294席に観客は筆者と男性の2人だけ。係員に尋ねたら、「今日は特に(観客が)少ない」との答えだった。「貸し切り状態」で鑑賞したのは、リュック・ベッソンが製作、脚本を手掛けた映画「ダンサー」(2000年、フレッド・ギャルソン監督)。生まれつき話すことができない天才ダンサーの夢や挫折、希望を描いた作品だ。
 ニューヨークで兄と暮らすインディア(ミア・フライア)は、週末ごとにクラブで踊り、観衆を熱狂させていた。ブロードウェーの舞台に立つことを夢見るインディアは、オーディションを受けるが、ダンスでは他の参加者を圧倒しながらも、言葉を発することができないため不合格に。そんなとき、若い科学者アイザック(ロドニー・イーストマン)が「体の動きを音に変える装置」を開発して―。
 インディアがオーディションに落ちるまでは、ダンスにすべてを懸けるインディアのひたむきな姿や、通訳兼マネジャーとしてインディアを支える兄との信頼関係などを描写するエピソード群に、ある程度の「引力」があった。しかし、終盤に「装置」に物語の軸が移ると現実味が薄れ、作品全体が安っぽくなってしまった感が拭えない。映画の終わり方も唐突だった。
 リュック・ベッソンの製作意図は、ミア・フライアの華麗なダンスで観客を魅了しようというもののようで、その点は成功していると言えるだろう。しかし、監督自身の好みのみを追求した、「それだけの映画」と受け取られかねない作品でもあり、残念だった。
 「レオン」以前のリュック・ベッソン作品群が、今、とても懐かしい。