「歩いても 歩いても」

 「誰も知らない」是枝裕和監督の新作は「歩いても 歩いても」(2007年)。阿部寛が演じる主人公が実家から帰る途中、母が忘れた関取の名前を思い出した後、「いつもちょっと遅い」と言うのだが、そのせりふを聞いたとき、映画のテーマや奥深さが一気に筆者の頭と心の中に押し寄せてきた。逆に言えば、それまで起伏がないストーリー展開に、少し眠気を覚えたり、「小津調(=小津安二郎監督作品の作品世界を想起させる)だなあ」と感じたりはしたのだが…。
 ある夏の日。失業中の絵画修復士、横山良多(阿部寛)は、妻ゆかり(夏川結衣)と、血のつながらない息子を連れ、実家に向かう。その日は、15年前に亡くなった良多の兄の命日だった。父恭平(原田芳雄)と母とし子(樹木希林)、姉(YOU)の家族と、良多たちのひととき。さまざまな登場人物が繰り広げるエピソードの中には、横山家の物語が凝縮されている。それらは「親子」や「兄弟」、そして「家族」の普遍的な諸相でもある。
 出演者は演技力に定評がある俳優だけあって、誰もが演じる役として自然に生きているかのようだ。中でも傑出しているのは樹木希林の表現力。普段はひょうひょうとしていながら、入浴中に入れ歯を外して洗うという「老い」を表現する演技や、息子が命と引き替えに助けた者に対する複雑な思いを吐露する際の表情などは、圧巻だった。
 映画の序盤、良多たちを迎えるため、母と姉が料理の準備をするシーンがある。このときの食材の映像が実にみずみずしい。個人的には、枝豆をご飯に混ぜる映像が一番好きだった。
※パンフレットを買おうとしたら「1000円」でした。高すぎます。