「ほえる犬は噛まない」

 韓国女優ペ・ドゥナの出演作を初めて見たのは、パク・チャヌク監督の「復讐者に憐れみを」(2002年)だった。誘拐を肯定する身勝手な論理を展開する女性の役で、自然体の演技が独特の光を放っていた。テレビドラマでの活躍も印象的な彼女が「女優としての処女作」と位置付けているのが、「ほえる犬は噛まない」(00年)なのだという。「殺人の追憶」(03年)のポン・ジュノ監督の長編デビュー作でもあるが、平凡で不器用な主要人物らがいとおしく思える好作品だ。
 退屈な日常を送るマンション管理事務所の女性事務員パク・ヒョンナム。いつまでも教授になれず、年上の妻に養われている大学の非常勤講師コ・ユンジュ。閉塞感に押しつぶされそうな2人の男女の関係は、マンション内で起きた子犬失踪事件を通して、思わぬ形で交錯する。
 この2人を軸に、鬱屈していたり、奇妙ながらも憎めなかったりする登場人物らが、「犬」を媒介として人間関係を結んでいく展開は実にユニークで、シュールでもある。手振れやストップモーションの映像を多用するなど、表現技術でも目を引くが、ヒョンナムとユンジュの内面や、2人の友情や愛情が丹念に描かれていることの方が、この映画の魅力の源泉と言えるだろう。
 そして、ペ・ドゥナ。演じるヒョンナムは、緊張を強いられる局面で黄色のパーカーのフードをかぶり、キュッとひもを結ぶのだが、そのときのしぐさや表情はなんともキュート。単純だけど、真っすぐで優しい人柄のヒョンナムを、ペ・ドゥナはここでも自然体で演じている。