「大統領の理髪師」

 ハン・ソッキュチェ・ミンシクソン・ガンホ。日本での韓流ブームの原点とも言える「シュリ」(1999年)で競演した3人が、韓国を代表する名優であることは疑いようもない。中でも、人間くさい役柄が多いいのはソン・ガンホだろうか。市井の庶民役で主演した「大統領の理髪師」(2004年)でも、普遍的な家族愛を体現する好演を見せた。
 韓国大統領官邸のお膝元で理髪店を営むソン・ハンモは、妻子と平凡な日々を送る一庶民だが、ある日、突然、大統領の専属理髪師を務めることに―。1960〜70年代の軍事独裁政権下にあって、国家や政治に自身や家族、隣人が翻ろうされる様が寓話的に描かれている。
 誠実な仕事ぶりで、10数年に渡って大統領の専属理髪師を務めるハンモ。大柄なのに、大統領の前で背中を丸める姿が印象的。ハンモに大統領官邸という「非日常」と「日常」を往来させた設定の妙味とともに、小心で頼りなく、どこまでも優しい庶民にふんしたソン・ガンホの好演が光る。
 政治的・歴史的背景を踏まえた韓国映画では、市民に様々な障壁や“足かせ”が課せられたり、対立者同士の感情的な葛藤が激しかったりする。その分だけ、登場人物の生き様やキャラクターが際立ち、観客の心に余韻を与えるのだろう。今作では、自分の落ち度で情報機関に連行され、拷問を受けて戻ってきた息子のため、ハンモが起こす慈愛に満ちた行動の数々、その先につながるラストシーンが特に記憶に残りそうだ。