「林檎の木」

 東西ドイツ統一が、特に旧東ドイツ市民にもたらした影響の大きさは計り知れなかったことだろう。その前後を描く作品では、近年、「グッバイ、レーニン!」(2003年)が日本でも好評だったが、統一直後の1992年に製作されたヘルマ・サンダース=ブラームス監督の「林檎の木」も、印象深い一作だ。統一から10数年の歳月が流れた後に製作され、コメディータッチの採用が奏功した前者に対し、1人の女性の生き様を生真面目に見詰めた後者は文芸作品の秀作と言える。

 ベルリンの壁構築の1年後に東ドイツで生まれた主人公レーナは、社会主義体制下でリンゴ園での仕事に従事し、やがて結婚。しかし、上司に求愛されて三角関係に…。投獄、夫との愛憎、社会主義から資本主義への社会情勢の激変を乗り越え、リンゴの木を植え続けることを選ぶレーナ。「たとえ明日 世界が終末をむかえても 今日 私は林檎の木を植えるだろう」。周囲の状況に関係なく、自分自身を貫こうとすることを誓う彼女の言葉が、心に残る。

 女性監督による女性映画の傾向として、「女性」への作り手の意識が強いからか、独善的なヒロインが多い印象がある。しかし、女性であると同時に、孫、妻、母でもあるという、レーナを人間としてとらえる視点を、この監督は確かに保持している。レーナの夫や不倫相手の上司の心情や言動がリアルなことも、監督の人間洞察力が確かな証だろう。

 レーナ役のヨハンナ・シャルは劇作家ベルトルト・ブレヒトの血を引くとか。ヘルマ・サンダース=ブラームス監督作品では、第二次大戦に翻ろうされた女性を描く「ドイツ、青ざめた母」(1980年)も記憶に残る一作だ。