「トーク・トゥ・ハー」

 先週、NHK・BS2で「オール・アバウト・マイ・マザー」を再見しました。スペインのペドロ・アルモドバル監督といえば、1980年代の作品群は奇抜な面が突出していた感ありでしたが、「オール・アバウト・マイ・マザー」と「トーク・トゥ・ハー」で見せた表現の深みは圧巻です。以下、公開当時にある媒体向けに書いた「トーク・トゥ・ハー」に関する原稿を再構成して掲載します。

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◎人間洞察の鋭さ際立つ傑作
ペドロ・アルモドバル監督「トーク・トゥ・ハー」=
 スペインのペドロ・アルモドバル監督の「トーク・トゥ・ハー」は、昏睡状態に陥った2人の女性をめぐる愛の物語。米アカデミー賞脚本賞を受けるなど、欧米での評価は極めて高く、人間洞察の鋭さと温かさ、巧みな語り口が際立つ傑作と言える。

◇巧みな"話術"で愛や孤独を描く

 ある病院のベッドで眠るダンサーのアリシアレオノール・ワトリング)は、4年前に交通事故に遭って以来、一度も目覚めることがない。この間、彼女を愛する看護師ベニグノ(ハビエル・カマラ)は、献身的な看護を続ける傍ら、日常の出来事や、感動した舞台や映画の感想などを、絶え間なく語り掛けてきた。
 一方、女性闘牛士のリディア(ロサリオ・フローレス)も、競技中の事故で植物状態となり、アリシアと同じ病院に運ばれる。恋人マルコ(ダリオ・グランディネッティ)は、突然の事故に動転し、リディアに触れることができない。
 やがて、顔見知りになるベニグノとマルコ。ベニグノは「話し掛けてみて。女性の脳は神秘的だから」と、マルコに勧める。互いの境遇を語り合うことで、友情を深めていくが、アリシアに盲信的で無償の愛を注ぐベニグノは、思いも寄らない事件を引き起こす。
 アルモドバル監督は、眠り続ける2人の美女に対し、恋人の愛情の“純度”と深さに応じて異なる運命を用意している。2組の男女関係を対比させる中で、愛や孤独といった人間の情念、生や死のありようを浮き彫りにする作品構成は絶妙だ。ドイツの舞踏家ピナ・バウシュの踊り、無声映画などを要所で効果的に織り込みつつ、ストーリーを展開していく監督の“話術”は、成熟度が高い。

◇奇抜な設定や人物描写が特徴

 アルモドバル監督作品といえば、奇抜で、意表を突く設定や人物描写が個性的である。例えば、「マタドール 炎のレクイエム」(1986年)の主人公は、現役時代のスリルを忘れられずに女性を殺害する元闘牛士と、セックスの最中に相手の男性を殺す女性弁護士。同性愛、エイズ、臓器移植などがモチーフとなった「オール・アバウト・マイ・マザー」(99年)の登場人物は、両性具有の“娼婦”、妊娠してエイズで死ぬ修道女、レズビアンの大女優など、癖のある特異なキャラクターばかりだ。
 加えて、赤や青など原色を多用する映像の色彩美が出色。ファッション、音楽へのこだわりも強く、「キカ」(93年)では、ジャン・ポール・ゴルチエが衣装を担当し、「ハイヒール」(91年)の音楽は坂本龍一が手掛けている。
 「トーク・トゥ・ハー」でも、こうした個性あふれる斬新な表現手法は健在。その上で、人間や愛に対する洞察力が一段と深みを増している。次回作が常に待ち遠しい監督である。(了)